医療の「翻訳家」を目指して【市川衛】

医療・健康の難しい話を、もっとやさしく、もっと深く。

信頼できる医療情報を手に入れるためにするべきことは?

前回の記事で、医療ジャーナリストがどうやって記事を書いているのかを検討した研究について紹介しました

 

mamoruichikawa.hatenablog.com

 

では、「オマエはどうやって医療情報を吟味しているのか?」ということを聞かれた場合に答えられるように、と自問自答して書いた記事をご紹介します。

 

bylines.news.yahoo.co.jp

この記事を書くきっかけは、ツイッターで「鼻にワセリンを塗ると花粉症の症状が軽減するらしい」という投稿が回ってきたことでした。

そうだったらとっても嬉しいことだけれど、本当だろうか?と思ってしまいます。こんなときにその情報の「確からしさ」を調べたいと思ったら、どうしたら良いのでしょうか。

 

わたし個人としては、次のような順番で調べることが多いです。(ケースバイケースで、この方法をとらないこともあります)

 

1)ガイドラインや、厚労省の推奨など、いま国内でスタンダードとされている手法を確かめる

2)そこで言及されていない場合、海外でスタンダードとされている手法を調べる

3)1もしくは2でスタンダードとして言及されている場合、その根拠となる研究を調べる(主にはPubmedか、コクラン共同研究。国内の文献の場合は、医中誌Web

 個人的には、上記の順番で調べると、それほど「外す」ことはない情報が得られるのではないかと思っています。

上でご紹介した花粉症の記事では、そのように確かめていく過程そのものを記事にしました。よかったらご一読ください。

 

上記では不十分だったり、「もっと良い方法がある」と感じられたとしたら、ぜひコメントでご指摘くださいませm(_ _)m

医療ジャーナリストはどのように記事を書くのか?

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いわゆる「医療ジャーナリスト」と呼ばれる人は、どのように記事を書いているのか?それを検討した論文がありました。

 

How do medical journalists treat cancer-related issues?. ecancermedicalscience - The open access journal from the European Institute of Oncology and the OCEI

 

東京大学医科学研究所の、中田はる佳 特任研究員らによる研究です。

 

厚生労働省記者クラブに属する364人のジャーナリスト(医療関係の記事を書いたことがある)に対しアンケートを送りました。

回答したのは57人(16%)、うち「がん」に関する記事を執筆した経験がある48人を対象に分析を行いました。

※回答率が低いですが、その理由として、1つのメディアに複数の記者が属している場合、代表で1人が答えたケースがあったからではないかと考察されています。

 

詳しい結果は論文をご参照ください。ここでは、筆者たちが考察で触れている点について個人的に考えたことをコメントしてみます。(原文は英語です。和訳は筆者。専門用語をできるだけ使わないために意訳しているところもあります)

記事のテーマの選定は非常に偏っていた。たとえば積極的な治療や、それによって生存したケースについてより取り上げられることが多く、医療過誤や有害事象、そして死について取り上げられることは少なかった。

これは、まさにその通りだと思います。企画を通そうとする際に、希望のある物語のほうが採択されやすいですし、記事の反響や視聴率も高くなる傾向があるように思いますので、自然とそうした話題を選びやすくなることは否めません。

ただここに関しては、いわゆる「出版バイアス」と同じ構造なのかな…とも思います。

 

※出版バイアス 研究者が論文を投稿する専門誌において、「良い結果が出たほうが掲載されることが多い」ことだったり、研究者側が「思い通りの結果が出なかった研究」については投稿しなかったりすることで、相対的に良い結果が出た論文が世に出やすくなるような偏りが生まれること

 

自分自身のテーマでもあるのですが、地味だったりネガティブだったりする話題を取り上げるときに、どう工夫すれば興味をもってもらえるのか?というところに死ぬ気で取り組むしかないと思います。

私たちは伝える技術を日々鍛錬しているはずなので、たとえ地味でも大切なものを伝えることこそ求められていることですよね。

 

 多くのジャーナリストは、専門誌をそれほど参考にしていなかった。多くの医師は専門誌に研究を発表したがるが、それはジャーナリストに伝わるかどうかという意味では明らかに効果が少ない。それはおそらく、専門用語や、専門家同士でしか伝わらない表現があることによるものだろう。あるいは、ジャーナリストは専門誌に特徴的な高邁な議論にはそれほど興味がないということなのかもしれない。彼らはどちらかというと、読者が求めるような「新しい・役に立つ」情報を求めている。そして専門誌は、そのニーズにこたえていない

真摯な研究者のみなさまに、ここまで言わせてしまう状況を作っている自分自身が情けないです。「そんなことないよ!高邁で真摯な議論こそ、大好物だよ!!」と胸を張って言えるように、取り組んでいくしかない。

 

この研究は、がんに関する記事を書くジャーナリストの手法について価値ある知見を提供しているが、一方で限界もある。(アンケートを送ったにも関わらず回答しなかった人が多かったことを考えれば)わざわざ返信をしたジャーナリストの回答には、何らかの偏りがあるかもしれない

この指摘は、まさにその通りだと思います。わざわざ研究者からのアンケートに答えようと思う時点で、少なくとも、医療に関する報道をすることに使命感を感じていたり、思いを持っていたりする報道者である可能性が高いと思います。その意味で、この論文のデータが、いま日本で医療に関する情報を伝えている人間の「代表」であるかどうかには議論があるでしょう。

 

医療や健康に関する記事を書く際に、ジャーナリストがどのような手法を使っているかについて詳細は明らかになっていない。がんに関連する話題について記事を書く際の手法についてもっと突っ込んだ分析が必要で、そのためには質的な調査が必要になるだろう

※質的な調査 例えばインタビューや「語り」のように、数字や量では表せない内容について調査すること

 

本当に、その通りだと思います。医療や健康の問題を考えるうえで、それを「伝える」際に、何が最低限のところで必要とされるのか、どのような手法が望ましいかについて、もっと考えていかなければならないですね。

 

個人的に、とても示唆に富む論文でした。

 

ここでいただいた宿題を少しでも解決できるように頑張ろう、と思わされる内容でした。

所属団体

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下記の団体に所属しています

メディカルジャーナリズム勉強会(代表)

medicaljournalism.jp

医療ビッグデータ勉強会(主催)

ONA Japan(事務局)

日本医学ジャーナリスト協会(正会員)

メディアドクター研究会(正会員)

日本ヘルスコミュニケーション学会(正会員) 

講演・研究【学会発表・論文】

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2012年

【司会】脳科学研究戦略推進プログラム ワークショップ【報告書

ブレイン・マシン・インターフェースの実用化に向けて-利用者・市民の立場から

 

2013年

【口演】第5回日本ヘルスコミュニケーション学会【プログラム

医療報道の質の向上を目指す研修プログラム等の可能性と課題~欧米の取り組みを事例として~

 

2014年

【口演】第6回日本ヘルスコミュニケーション学会【抄録

医療ビッグデータ・新たな可視化ツール開発の試み~DPC公開データを例に~

 

2015年

【講演】第331回 日本病院管理学会例会【HP

医療情報の活用と医療プロセスの改善 ~電子カルテを活用して~

 

【総説】空気調和・衛生工学 第89巻(8)697-702【HP

医療ビッグデータ最前線~センサデバイスの活用を中心に~

 

【講演】病院福祉建築2015フォーラム【HP

医療ビッグデータの活用による医療の変化

 

2016年

【シンポジスト】第66回日本病院学会【プログラム

ビッグデータの現状と新たな展開

 

口演】第8回日本ヘルスコミュニケーション学会【プログラム

「⾒るだけで腰痛が改善する」映像の効果検証

講演・研究【大学での講義】

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下記の大学・大学院で

ヘルスコミュニケーションをテーマとした教育活動を行っています。

www.umin.ac.jp

書籍

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いくつか書籍を執筆しました。良かったら見てやってください

NHKスペシャル 脳がよみがえる 脳卒中・リハビリ革命 (2011/9/4)

誤解だらけの認知症 ~よくなる! ラクになる! 治療・介護・予防の最新常識 (2012/7/27)

NHKクローズアップ現代 糖尿病の治療革命(2013/4/26)

脳で治す腰痛DVDブック 【共著】(2016/1/29)

【著者ページ】