医療の「翻訳家」を目指して【市川衛】

医療・健康の難しい話を、もっとやさしく、もっと深く。

これからの日本の社会保障を考えるヒント

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南大高駅から見た「よってって横丁」と「南生協病院」 筆者撮影

「南医療生協」やばいです

 

尊敬する後輩、古川由己さんのおかげで、ずっと気になっていた南生協病院(名古屋市緑区)を訪問。常務理事の杉浦直美さん、そして参事の大野京子さんが休日にもかかわらず、取り組みのご紹介と院内の案内をくださいました。

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南生協病院は、愛知県の南部を中心とした市民9万人あまりが31億円を出資して作る「南医療生協」の運営する病院です

https://www.minami-hp.jp/

 

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最寄りの南大高駅を出た瞬間に見える「よってって横丁」というモール(上階はサービス付き高齢者住宅)。実はこれも南医療生協が運営するもの。

駅から見るとモールがあり、その奥に病院があり、さらにその奥に住宅街が広がる。

つまり住宅街から駅に向かう場合、病院とモールは通勤経路となり、自然にその中を通るような導線ができている(そのために通路が空けてある)

 

さらにモール内にはオシャレなバーやレストラン、コワーキングスペースにもなるカフェ、さらには学生向けの無料自習室があり、病院内には中高生たちに人気の卓球コーナーがあり、フィットネスジムがある。

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待合室のスタイリッシュなソファーは、患者さんが少ない時間帯には小グループで宿題をすませる小中学生たちの机に早変わりする。f:id:mam1kawa:20190804211243j:plain

医療や介護、そして生活の場が、とても自然な形でまぜこぜになっているわけです。立地まで考えられた、非常に優れたデザインだと思います。

 

どんなスゲエ人がそれを構想したのかと思って聞くと、デザインコンセプトはもちろん、イスのひとつひとつから階段の手すりまでに至るこまごまとした工夫は、「10万人会議」と名付けられた、組合員である市民自身による4年もにわたる会議によって決められていったとのこと。。。

 

さらには生協の運営する36もの関連事業所(歯科診療所、グループホーム、小規模多機能など)は、組合員である市民が自ら場所(空き家)を探し、家賃を交渉し、資金を集め、さらには医療者の手配までしたのだという。

 

さらにさらに、いまではそこから一歩進み、組合員同士が声をかけ見守りや手助けを行いあう「おたがいさん」組織が地域に生まれているのだという。

 

医療介護資源が必要な時に、市民が行政に「陳情する」「助けてもらう」関係ではなく、自ら立案し、必要な際だけ「手助けを求める」関係ができているのだという。
そんなことが本当に可能なのか・・・(愕然)

 

地域包括ケアの理念と言えば、「自助」「共助」「公助」。それが絵空事でなく、体現できている場があると聞き、衝撃を受けました。

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超高額で生み出される最先端医薬品や、医療ビッグデータとかAIとか「未来だ!」と言われている一見キラキラしたものたちより(失礼)、はるかに本質的で、そして本当の意味で先進的なことが行われているのかもしれない。

 

市民という存在は、いまパワーを引き出されていないだけで、本当はものすごい潜在能力を持っているのではないか。

 

これがなぜ、できたのか。今後の日本の社会保障に関する大きなヒントがあるように感じます。

もちろん、話を聞いただけでは本当かどうかわからない。2000年以降に進められた取り組みのディテールを、深く長く、今後も取材させていただきたいと思った経験でした。

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がんの「闘病」という表現を、再定義する

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画像:Pixabay

ツイッターのタイムラインに流れてきた投稿を見て知ったのですが、さいきん英語ではがんの「闘病」について

Battle against cancer(がんとの闘い)

ではなく

Cancer journey(がんとの旅路)

という表現を使うようになってきているそうです。

 

確かに、ググるとたくさんヒットします。

 

例えば2015年のCDCによる動画「カラ:私の、乳がんとの旅路」

www.youtube.com

 

闘いは、敗れたら終わり。

旅は、果てに何かを得ることもある。

 

より深い表現ではないかと思いました。

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画像提供:Pixabay

 

と、思ってCancer journeyに「がんとの旅路」と和訳を付けてFBでポストしたら…

ぶっちゃけ「ダサイ!」というご指摘を複数の当事者・経験者からいただきまして(泣)

 

たしかにそうだなあと反省した次第です

自分が当事者だとして「わたし、がんと旅してます」なんて、ちょっと気恥ずかしくて言えないよね

 

というわけで、まずはCancer journeyについての勉強開始

BMJ Supportive & Palliative Careのこの論文は、経緯がまとまっていて読みやすく、流れをある程度つかむことができました。

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

Cancer journeyはイギリス発祥の表現

がんに対して「闘い」に代えて「旅」というメタファーを用いるようになったのは2007年の英NHSによる「Cancer Reform Strategy」が嚆矢とのこと。


がんに対して「闘う」という意識が強すぎると良くないのでは、という議論から出てきた動きだという。その後、英国のがんに対する公的な文章では、Journeyを用いるようになっているそうです。

 

一方、似た言葉に「Patient Journey」というものがあります。

ちょっと資料を調べた範囲では、マーケティング界隈のいわゆる「カスタマージャーニー」の病院版として米国などを中心に用いられているようです。

医療サービス提供者側が、どうしたら患者(ユーザー)のエンゲージメントを高められるか?という目線で用いられていることが多いように感じました。

 

つまりCancer journeyとPatient journeyはちょっと別物としてとらえたほうがよさそうだ、というのが現時点の私の理解です。

 

なお上記リンクの研究(2015年)は、当事者と医療者がオンラインで書いている文章を対象に、がんに対し「闘い」と「旅」というメタファーがどのように用いられているかを調べたものです。

 

結論としては、「闘い」をポジティブな意味で使うケースもあるし、「旅」をネガティブな意味で使うこともある。「旅」は良くて「闘い」はダメだ、と短絡的に「言葉狩り」してはならないのでは?という主張

 

4年前の時点でここまで議論が進んでいたとは。。。
いまさら知った自分、不勉強にもほどがあるぜ

 

 がんとの「闘い」ではないことばを見つけたい

 

「闘い」ではない、日本の文化や感じ方にも合う、新しい良い感じのことばってないのでしょうか。

 

がんでも、認知症でも、慢性の痛みでも、精神的なお悩みでも。付き合っていかざるを得ない状態って、「闘う」とはちょっとちがうイメージがあったほうが、当事者も家族も支援者も医療者も、ちょっとラクになれるんじゃないかと思うわけです。

 

ダサくない感じの、みんながついつい使ってみよう!って思える感じのことば

 

足りないなりに頭ひねって考えようと思いますが、「こんな感じのほうが良いんじゃないか」っていうものがあったら、思い付きでいいので教えてください。

 

 

ジャーナリスト&医療者集結!大討論会「ヘルスケア報道の未来~AI、ゲノム、健康格差など~」

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【「ワクチン」「ゲノム」「健康格差」ヘルスケア報道の未来は? 】

 

・ワクチン忌避に報道はどんな姿勢で臨むべきか?
・期待が高まる医療AI(人工知能)に未来はあるか?
・がん免疫医療やゲノム解析など新しい医療技術の課題は?
・動画や音声などのコンテンツを用いて、いかにヘルスケア情報を伝えるか?

 

いま、医療・健康に関する情報発信が世界的に大きな話題になっています。
5月2日~6日に米ボルチモアで開かれた世界最大のヘルスケアジャーナリスト協会「AHCJ」の年次大会。SNSやネットの発達の中で、ヘルスケア情報をいかに「伝えて」いけばよいのか。単なる課題提起だけでなく、データ・ジャーナリズムの手法をヘルスケア分野に応用するノウハウなど、実践的な技術の紹介も行われました。

 

この年次大会で議論・紹介された内容を、実際に日本から参加したジャーナリスト・医師が報告します。
米国での事例を基に、ヘルスケア報道の未来について、皆様とともにディスカッションを行っていきたく思っております。

 

↓イベント申し込みは以下ページより↓

peatix.com

 

日時 2019年6月21日(金曜日) 19時00分~20時50分(開場:18時45分)
会 場 スマートニュースメディア研究所
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目25−16 いちご神宮前ビル 2F

◇スケジュール
19:00~19:10 開催挨拶
19:10~20:30 参加報告:世界のヘルスケア・ジャーナリズムの潮流
20:30~21:00 パネルディスカッション・質疑応答

〈報告内容〉
「社会課題をオープンな議論で前に進める~ヘルス・ジャーナリズム2019とは」
市川  衛 メディカルジャーナリズム勉強会代表
「がん免疫治療報道に『バランスを』」
浅井 文和 医学文筆家、元朝日新聞編集委員
「日本のヘルスケア・ジャーナリズムが世界を変えるために必要なもの」
大脇幸志郎 医師
セックスワーカー・乳幼児死亡に見る健康格差の実態」 
松村むつみ 医師
「日米ヘルスケア『比較論』の落とし穴~米国の歯科事情から見えてきたこと」
秋元 麦踏 生活の医療社代表

司 会 秋元 麦踏
主 催 メディカルジャーナリズム勉強会

対象者 医療・健康情報の発信に携わる記者、フリーライター、ブロガー、編集者

参加費 一般チケット(セミナー参加) ¥2,000
懇親会 無料の懇親会チケットを同時にご購入下さい(¥3000〜3500程度を予定)


【メディカルジャーナリズム勉強会(AMJ)について】
医療や健康に関する情報発信に関心がある人が集う場所です。
イベント開催や情報発信者に役立つ教材・リソースづくりなどを通じて、情報発信者のスキルの向上・世の中に役立つ情報を少しでも増やすことを目的とした勉強会です。
HP: https://medicaljournalism.jp/

本イベント、本勉強会に関するご質問等がございましたら、以下までお問い合せ下さい。
≪問い合わせ先≫メディカルジャーナリズム勉強会 事務局
office.medical.journalism@gmail.com

人生は妥協の産物

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メイ首相の退任表明演説
じっくり聞くと、いろいろと感じることがあります

自分自身の主義主張はそれとして、国家の首相として、民主主義の手続きによって決まったことを守り進めようとしたこと

それが皮肉にも、議会制民主主義の仕組みによってうまくいかない事態に突き当たり、迷い、悩み、苦しみながらよりよい道を探ったこと

そして最終的に、自らの使命として心血を注いだことを、中途で投げ出さざるを得ない結果に終わった、そのことに対する忸怩たる思いがほとばしる演説でした

演説の中に、わざわざ挿入した言葉が心に刺さります

「忘れないで
 妥協は汚い言葉ではありません
 人生は妥協の産物なのです」

Never forget that compromise is not a dirty word. 
Life depends on compromise

https://www.youtube.com/watch?v=KKt-Z5Yk2Wo&t=171s

名もない誰かの真摯な努力が世界を「より良く」する

幼児が被害者となった、痛ましい交通事故がありました。

私もニュースを見るたび、自分が被害者の立場になったらと思って、涙が出そうになります。これを防ぐために、何かができなかったのか?と思います。

でも、それをもって、例えば「幼児は散歩すべきでない」とか「保育園に責任がある」と思わないでほしいと思います。

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出典:平成30年中の交通事故

警察庁の統計では、10年前に比べ、交通事故による死傷者は全体でおよそ半減(56%)しています。
幼児(5-9歳)に限定すれば、ちょうど半分(50%)になっています。

 

「なぜ減っているのか?」については、これと決めつけるほどの明確な研究がありません。きっと、いろんな要因がかかわっているのだと推測できます。

たとえば保育園での引率の際に

「交差点での信号待ちの際はできるだけ車道側からは離れたところにいよう」

という申し合わせがそこかしこで行われたり

 

「事故が多発する交差点には、ガードレールをつけよう」という市民側からの働きかけや、それを実現しようとする行政側の努力があったり

 

「できるだけ事故を起こしにくい、起こしたとしてもより重大な結果を起こしにくいクルマを作ろう」という、開発者の真摯な思いがあったりしたと思うのです。想像にすぎませんが・・・

 

痛ましい事故の報道は、もしかすると「何かできなかったか」という今後の反省に役立つ部分があるのかもしれません。


でも、それがテレビやスマホのニュースを埋め尽くすからと言って、「世の中はより危険になっている」とは思わないでいようと思います。

 

データは、少なくとも交通事故に関して言えば、たった10年前より「より安全」な世の中になっていることを示しています。

 

名もない誰かの、ちょっとずつの真摯な努力のおかげで、世界はより良くなっている。そのことを忘れないでいようと思います。

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Forbes Japanのオフィシャルコラムニスト

Forbes Japanさんに、
オフィシャルコラムニストとして参加することになりました

 

テーマは
「ビジネスマンの新常識 『教養』としての健康情報」です

 

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https://forbesjapan.com/author/detail/1527



 

本業に支障がない範囲でつらつら書いていきます
よかったらご愛顧くださいませ

 

第一弾のテーマとして、「腰痛」を選びました。

対処法を誤解しているばっかりに、長期間痛みを抱え続けたり、仕事ができない状態が続いてしまったりする人がひとりでも減りますように

 

forbesjapan.com

 

おかげさまで読んでいただいているようです

 

 

「共感」とは何か

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あるキャンペーンや記事を、多くの人に伝えるにはどうすれば良いのか?という相談を最近、良くいただくようになりました。
 
たぶん間違いないのは「共感」という要素を含むことが、広がりを生むためには欠かせない時代になっているということです。
 
しかし「共感」という言葉は定義がしにくく、誤解されやすいものです。ともすると専門家と呼ばれる方は、共感を「無知な当事者の立場を理解してあげる」というふうなものと思われている傾向があるかもしれないな、と思います。(もちろんそうでない人もたくさんいますが)
 
IDEOのCEOティム・ブラウンさんによれば
 
共感は
「人間を中心に世界を多角的に思い抱く能力」
だということです。
 
わかりやすく表そうとすれば「ある場面で、自分から見た時に、ワガママで訳が分からないことを言っているなー、と見えちゃう人がいた時に。一呼吸おいて、その人の置かれた状況に自らを置いたときに、その世界はどのように見えるのか?ということを想像できるかどうか」だと思っています。
 
伝える人間にとって共感が大事だとすれば、「ある人が置かれた状況」を少しでもリアルに想像できるように、様々な体験、とくに失敗や挫折の経験を積み、それを前向きに生かすよう心がけることが大事なのかもしれません。
 
すみません、たまにちょっとエモいこといいたくなる日が今日でした。

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