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医療の「翻訳家」を目指して

医療ジャーナリスト 市川衛です。医療・健康の難しい話を、もっとやさしく、もっと深く。

ウソや誇張なしに、シェアされる方法とは

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去年3月からネット上での情報発信を細々と始めさせていただき、おかげさまで少しずつシェアでの閲覧数が増えてきました。

迷い迷いながら書いている記事を、優しくシェアしてくださる方がいることは有難い…。と、いつも心から感謝しております。

 

同じ媒体で発表しているなかでも、だんだんとシェア数が増えていっているわけですから、何か、自分の記事のなかに変化が生まれたのかもしれない。

と思って、過去の自分の記事を読みながらつらつら考えてみたところ、次のようなポイントがあるのでは?と気づきました

ホットな話題を入口に

まあこれは、鉄則というか初歩の初歩というものだと思うのですが、受け取り側が知りたくなっているタイミングで情報を届けるということが大事なのだと思います。「上手な医学論文の読みかた」というテーマでは振り向いてくださる方が少なくとも、「カゼにビタミンCが効くかどうかって、どうやったら確かめられるんでしょうか?」という題名であれば、友達にシェアしたくなるかもしれません。

説教ではなく共感

どうしても記事って、思いを込めて書いている人であればあるほど「こんなに良い情報があるのだから、知ってほしい!!」という気持ちになります。それは自然なことなのですが、しかし受け取る側からすると、ちょっと熱意に押されてしまうというか、「上から目線」に感じられてしまうかもしれません。

そこで自分なりに考えた方法というのは、「まず疑問を立て、検証していく過程そのものを記事にする」というやり方です。そうすれば、受け取り側にも、その過程を追体験することにより、同じ目線で情報に興味を持ってもらえるかもしれないなと思っています。

正確さを、わかりにくさの「言い訳」にしない

「正確さ」は言うまでもなく、何を措いても大事なことです。ただ、「正確であればわかりにくくても良い」というのは、私個人としては良くない態度だと思っています。

専門家同士であればその態度で良いと思うのですが、「発信」ということを目的とするのであれば、専門用語を不用意に使うことで多くの人に「届く」チャンスを失うばかりでなく、「誤った受け取り方」をされてしまうリスクすら生じさせてしまいます。

正しいことは当たり前として、その正しさをどうすれば一発でわかるように表現できるのか、読む側の立場に立って、死ぬ気でその工夫を考えることが大切なのだと思います。

「誰に、どう幸せになってほしいか」を常に意識する

これは当たり前のことなのですが、ネット上の記事を書いていると、ともするとアクセス数やシェア数が最優先になってしまう危険が常にあります。わかりやすく評価されている気持ちになれるからです。

もちろんそれは大事だけれど、でも「なぜこの記事を書くのか」を振り返った時に、何より大切なのは、読んでくださった人がほんの1mmでも幸せになれたかということのはずです。個人的な経験では、それを突き詰めた時に、驚くほど大きな反響(シェア)が生まれるような気がしています。

良かったら語りましょう

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2月18日(土)、上記に書いたようなことを、みんなで前向きに議論しようという研究会があります。想いある尊敬すべき雲の上のような発信者たちが集まります。その端くれに加えていただけることになりました。

もしこの記事を読んでちょっとでもご興味を抱いていただけたとしたら。。。

当日、お話し出来たらと思います。良かったら応援するつもりで、参加してやってください。

FormMan: 2月18日開催 第50回記念メディアドクター研究会(公開シンポジウム)参加申し込み