医療の「翻訳家」を目指して【医療ジャーナリスト 市川衛】

医療・健康の難しい話を、もっとやさしく、もっと深く。

メディアと医療者の「より良い関係」を作るためには

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先週の土曜日のことになりますが、名古屋にて日本整形外科学会の教育研修講演に呼んでいただきました。

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研修のカテゴリーは「医療倫理」ということで。。。
 
メディアの立場として、出演や監修でご協力いただく医療者の方々と、どうしたら
より良い情報発信ができるか?倫理的・法規的なポイントはどこにあるのか?ということについて、これまで放送番組で医療専門家と協力して制作してきたコンテンツのご紹介のほか、6月に改正された医療広告規制のポイントなどを紹介させていただきました。
 
発表後のご質問では、「過去に、メディアの取材に答えて意図と異なる編集をされた」など、率直なご発言もいただいたりしました。。。が、現場の一線で取り組む方と直接情報交換や議論する場を与えていただけるのは、たとえ厳しいご意見があったとしても、制作者としては本当にありがたいことです。

で、いろいろ考えたうえでの結論はどうだったかというと
 
医療者のみなさまと、メディアの制作者は
「対等な」かたちで課題解決に向けて協力したほうがいいよね
 
というごくごく当たり前なことを再確認したわけです。
 
情報発信をする「目的」は、結局、ケアを求める方の幸せを1mmでも実現することにあるのだから、片方が偉ぶったり、一方的に利用しようとしたり、隠れてお金を出したり出されたりするのって、根本の課題解決にはつながらない気がする。。。
 
もちろん正当な対価はあってしかるべきです。
お互いが自立&自律したプロフェッショナルとして、誇りをもって付き合うこと、そのことが結局は1mmでも誰かを幸せにできるコンテンツにつながるのではないかと。
 
最近は医療者の利益相反に対するコンプライアンスは、驚くほど厳しくなっています。だからこそメディア側も、常に自分を律しなきゃね。
 
というわけで、まだまだ未熟者の自分ですが、プロフェッショナルになれるように、これからも精進いたします。。。

講演の前後30分だけ名古屋滞在。
みそかつ、ひつまぶし。。。
大好きな名古屋メシ。食べたかったなあ。こんどこそ

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コクランが揺れている

署名しました。

www.ipetitions.com

ステマティックレビューの総本山として知られるコクランが揺れています。

 

HPV ワクチンに対するレビュー著者の利益相反問題の追求や、副反応が過小評価されているという訴えを続けていた理事(ピーター・ゲッチェ氏)を不透明な方法で解任したことが報じられるなど、コクランの運営に疑いの目が向けられています。

blogs.bmj.com

 

冒頭にご紹介した署名運動は、本来持っていたはずの高い理念と透明性を取り戻してほしいというコクランメンバーからの訴えです。

There are four major policy issues that we would like to improve.

・Create a culture of open discussion
・Refocus on the heart of Cochrane
・ncrease the involvement of Cochrane members
・Find a better business model for Cochrane

 

個人的には、ずっとコクランを「適切な科学的根拠に基づいた役に立つ情報を出している」組織だと感じ、信頼してきました。

自分の記事でも、そうした組織だと紹介してきた経緯があります。

news.yahoo.co.jp

 

コクランの状況に関して、私は記事や署名運動など、漏れ伝わる2次情報を確認しているだけです。詳細な事情は分かりませんし、「疑惑」が本当なのかどうかも全くわかりません。

 

ただCochrane review は現在、高い信頼性を持つものとして様々な薬剤や手術法の選択などに世界的な影響力を持つようになっています。もしも、そのことが運営の方針を変化させている一因になっているとしたら深刻な事態です。

 

なおHPVワクチンの副反応に関して、 ゲッチェ氏の主張が的を射ているかどうかは議論があると思います。ただいえることは、ワクチンはそもそもメリットとデメリットが必ずあるものです。

その天秤を判断することこそがキモなので、バランスを判断するためには丁寧な議論と検証こそが必要になります。

 

その意味で、少なくともコクランのような理念を掲げる組織において、「ちゃんと評価されているのか?」という声が出てくることは歓迎すべき事態であるはずなのに、「異なる意見だから排除する」という態度は適切ではないと感じます。

 

この事態をきっかけに、コクランの活動そのものが存続の危機に直面するような状況にならないことを祈ります。

介護分野への外国人労働者の受け入れ -- 「台北駅」から学ぶメッセージ

来年4月に、外国人の単純労働者の受け入れが始まることが閣議決定されました。
想定されている分野の筆頭が「介護」です。

 

少子高齢化に伴う圧倒的な人手不足の中で、介護分野への外国労働者の受け入れは必須と考えられます。その一方で、様々な「摩擦」も生まれると考えられます。1991年に単純労働者の受け入れを開始している台湾のケースを先行例として十分に学ぶべきかもしれません。

 

参考になる記事がYahoo!ニュースで公開されています。

news.yahoo.co.jp

 

記事中の「台北駅」のエピソードは必読です。

少し長くなりますが引用します。

 

外国人労働者たちには週に1日の休みがある。日曜日になると、手製の自国料理などを持ち寄って、お昼前ごろから中央のロビーの広大なスペースに陣取って夕方まで延々と語り合い続ける。この光景をみて「なぜ、駅当局は追い出さないのだろうか」と疑問が湧く人がいるかもしれない。

台北駅は「他の乗客に迷惑がかからない形であれば、特段、排除するような措置はとっておりません」と言う。駅の利用者たちも気にした様子はなく、その脇をよけながら歩いている。

この状況に至るまでにはちょっとした経緯もあった。

2008年、台北駅に集まっている外国人について、地元紙が「ロビーが占拠された」とネガティブに報じた。それに対して、「排斥的な報道はよくない」といった批判が集まり、駅側もロビーにあったベンチを取り払うなど、外国人が集まりやすいように配慮した。

私が驚かされたのは外国人が高齢者を連れてきていることだ。要介護の人々からは目を離すことができない。休日とはいえ、家族が介護できないこともある。その場合、外国人が高齢者を同胞の集まる場所に連れてきて、面倒をみながら楽しいひと時を過ごしているのである。

 

こうした動きや意識こそ、「社会的包摂」を実現させるために必要なことと言えるかもしれません。

社会的包摂 - Wikipedia

 

日本の東京駅で同じことがあれば。。。同じ動きが起きるでしょうか?

むしろ「外国人労働者・東京駅を占拠」とセンセーショナルに報じられ、批難が殺到。外国人労働者への退去が命じられる。。。昨今の状況を見ていると、そうした未来予想図のほうを現実的に感じてしまいます。

 

そのような排除の論理が働いたとき、外国人労働者はどう考えるでしょうか。もっと寛容な意識がある台湾などに行って働こうか?と日本を見捨ててしまうでしょう。

 

すなわち、国籍なども含めた多様性に対する「寛容さ」は、現状なんとなく多くの人がイメージしているかもしれない『多数者が少数者に対して施す「思いやり」的なもの』では全くなく、むしろ、日本社会全体が今後持続できるかどうかを決定づける要素と考えるべきなのかもしれません。

 

その認識が今後、日本社会に浸透していくか?

そのことが重要なポイントになると個人的に感じました。

医療・健康情報の懸け橋になるために 図書館ができること

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全国の図書館の司書さんたちが集まる年に一度のイベント、図書館総合展にてお話しさせていただきました。

 

改めて気付かされたのは、医療や健康情報の入手に図書館が大きな役割を果たしていること、そして、課題解決型図書館として積極的に利用者のニーズに様々な形で応えようとする取り組みが全国で行われていることです。

 

地域包括ケアが浸透していく中で、図書館も介護や医療の現場と連携し、情報提供という立場でその一翼を担って行こうとする熱意があることも知りました。

全国にはそれぞれの現場で取り組む素晴らしい人たちがたくさんいるということを改めて気づかされた次第です。

 

もう一つとっても驚かされたのは、図書館がどんどんと進化を続けていること。貸出返却資料の自動化はもちろん、カフェ風にデザインを工夫したり、ボードゲームカフェを開催したりして、図書を貸し出すだけの場所から、地域の人にとってのコミュニティスペースへと進化しようとしている動きがあるのかなと勝手に感じました。

 

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「知」の最前線にいる人たち

『医療・健康情報の“架け橋”になるために図書館ができること~がんを事例に考える~』

31日(水)に、図書館総合展@横浜パシフィコでお話しさせていただきます。

 

www.libraryfair.jp

 

わたし自身、本当に不勉強で存じ上げなかったのですが、全国の図書館のご関係者3万人以上が集まる年に1度の大イベントです。

 

最近、家の近くの図書館を良く利用するようになったのですが、本気で驚いたのが図書の貸し出し方法が以前と全く変わっていたこと。

 

何やらスマートな読み取り機械に、借りたい本を何冊でも、「重ねたまま」で置くと、一瞬でどんな本を何冊借りたかが表示され、貸出カードをかざせばそれで手続き終わり。ノンストレス。なんというユーザーフレンドリー。返却はもちろん時間外ボックスに返すだけ。

www.townnews.co.jp

※貸出機のことを取り上げた記事です。わたしは多摩在住ではありません(^^)

 

富むものも富まざるものも、平等に「知」に触れる機会を提供するために、進化を止めない姿に本当に敬服します。もちろん医療や健康の情報に触れるうえでも、とても大切な場であることは論を俟たないことです。

 

そんな知の最前線で真摯に取り組まれる方々に、お話しできる機会を与えていただいたのは本当に光栄なこと。。。

 

精一杯お話ししますので、もし万が一、いらっしゃれる方がいらしたらおいで下さいませ。入場無料、図書館・情報流通に関心をお持ちの方はどなたでもご来場いただけるそうです。

あたらしい1年にむけて

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いきなりですが、10月13日(土)をもって41歳になりました。

あれ?先月あたりに40歳になった気がしていたのですが。。。本当に1年って、早いもんですね。。。。

 

この1年は、いろいろと新しいことをするチャンスを与えていただいた一方、あまりのハードルに七転八倒して、自分のいたらなさに絶望することも有りました。とはいえ、まあ、無事に誕生日を迎えられて良かったと思います。

 

せっかくの誕生日なので、個人的な話を。

 

自分にとって今年って、「医療とか健康の情報発信を自分のメインテーマに据えよう」と思い立って、だいたい10年目なんですよね。

 

この10年、ひたすらにこの分野の番組を作り、大学院に在籍してみたり、ネット記事書いたり講演したり海外の大学で客員研究員をしたりと、色々なことをやりました。それを通じて、ひったすら医療とか健康の分野の取材と勉強を続けてまいりました。

 

それでつくづく思い知ったのは、

医療とか健康というめちゃめちゃニッチな分野でさえ、

表層だけでも理解するには、最低でも10年くらいはかかるのだな、ということです。

(まあ、わたしだけかもしれませんが)

 

10年かかるんです。

たとえば医師の働き方問題を語るのであれば、現場で真摯に働いている人たちに会い、ときには当直室に寝かせてもらって、その実情を知らなければなりません。

そのうえで、「応召義務」とはなんなのか?いつごろどんな議論の中で法律に取り入られて、どんな判例がこれまであったのか?という、臨床家の方がおそらくはあまり知らないようなことを勉強しなければいけません。

あと、診療報酬制度はもちろん、現場で働いている医師以外の職種のかたがたがどのような関わりをしているのか?というところも実感としてわからないと記事をかけません。

 

そこまでしないと、現場にいるかたの納得感を持って伝えることは難しい、ということを、10年たってやっと思い知ることが出来ました。

 

えらそうなことを言っておりますが、私自身、取材をしはじめたばっかりの時代は・・・とにかく見られたり読まれたりすることばっかりを考えて

 

※「夢の新薬が登場」というようなニュアンスの番組を作ったり

※福祉の分野で革新的な取り組みをしているかたの話を聞いて、「でも主役は医療だしね」という、非勉強極まりない感想を心に思ってしまったり

 

ということも正直、あります。

 

でも石の上にも10年、といいますか、10年いろいろな失敗を繰り返しながらもコツコツ続けていくと、あるニュースをみたときに、これこそが情報の「本質」だ!ということが見えてきたのではないか?と感じることが増えました(幻想かもしれませんが)

 

コツコツやり続けることは、自分を裏切らないなあ。。。と思います。

 

とはいえ、その一方で、「医療を伝えようとしたら最低10年修行すべし!!」

とか言う考えを主張するようになっちゃうと、せっかくその分野を目指そうとしてくれた若い世代のガッカリにつながり、今後の業界全体のシアワセにもつながらない気がしますので・・・

 

次なる1年のひとつの目標としては

 

※「あるテーマを精一杯取材し、取材対象者や読者のシアワセのために努力する」というプロセスは、取材者自身にかけがえのない「楽しみ」や「発見」、そして「成長につながる挫折」を与えてくれるかを、ワクワクできる形で後輩に伝えていく

 

※僕じゃないいまの若い人たちは、もっと短く成長できるよきっと!!

ということをお伝えしていけるようになる

 

ありがたいことに、発信者の後輩たち(メディア関係者、医療者)に偉そうにお話しできる機会をたびたび与えていただけるようになったし。

 

最近、SNSやリアルで、自分なんておよびもつかないスゴイ人と親交を持たせていただくようになって、自分の至らなさや情けなさを思い知った1年でもあるけど。。。

 

自分に出来ることを、むりせず、ただ淡々と続けていく1年になれればと思っています。ご関係の皆様、未熟者のお相手させてしまって申し訳ありませんが、あたらしい1年も、仲良くしてやってください!

 

何とぞ、宜しくお願いいたします

「政策を進めながら、検証する」ということの意義

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さいきん注目している、Lancetの姉妹誌でオープンアクセスの「The Lancet Public Health」より

https://www.thelancet.com/journals/lanpub/article/PIIS2468-2667(18)30183-X/fulltext

 The projected timeframe until cervical cancer elimination in Australia: a modelling study

 

2007年より子宮頸がん予防のためHPVワクチンを定期接種しているオーストラリアより、今後の子宮頸がん発症率と死亡率のシミュレーション。

要は、「『HPVワクチンにより本当に子宮頸がんが防げる』と仮定するなら今後、このくらいは減るはずだよね?」ということを、年齢別の人口や検診の受診率などを含めて推定した研究です。

 

2020年以降は、年とともに右肩下がりに減るはず、という予測を立てています。

 

個人的には、この研究のポイントは、「減るはず」とする結果そのものではないと感じます。


シミュレーションを出すことにより、予測通りに進めば「効果があった」ということが確かめられるし、そうでなければ「何かが間違っているらしい(HPVワクチンの接種により、子宮頸がんは防げないかもしれない)」ということが明らかになります。

 

要は「政策をいち早く検証できる」ということに意義があるのかもしれません。

 

研究の予算は、オーストラリア国家保健医療研究評議会(National Health and Medical Research Council )、つまり国の機関から出ています。


政策として新たなワクチンを導入する一方で、その効果を検証する取り組みが同時に進められ、しかもオープンアクセス(誰もが無料で見られる場所)に公開されていることが本当にすごい。

 

「9価ワクチンを接種した世代に子宮頸がん検診を実施することに意義があるかどうか」までシミュレーションしているところに凄みを感じます。。。

(ちなみに、「意義がある」と結論)

 

きょう読んだこの記事にも関連するのですが、

 

「国や公的な研究機関は、自らの意思決定(どの医薬品や研究にお金を投じたか)に責任を持つべきだし、それを検証して誰もが無料でアクセスできる場所に置くべき」

 

という考えは、まっとうだなと感じます。

r.nikkei.com